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2008年5月11日 - 2008年5月17日

事件報道雑感

「全身やけど、灯油かぶった男、取調室でたばこ引火し死亡」

512101分配信 毎日新聞その他報道からの雑感)

愛知県熱田警察署で、痛ましい死亡事故が起きました。

報道によれば、同居女性と口論となった男性が路上に出て、駆けつけた警察官の前で頭から灯油をかぶり、ライターで火をつける仕草をしたことから男性を保護した、警察署で男性は灯油まみれの服を着替えることなくたばこを吸わせることを要求し、警察官が取調室でたばことライターを与えたところ、着衣に火が点いて男性は全身やけどをして死亡した、とのことです。

遺族の方の悲しみとショックは大きく、また、保護したのに死なせてしまった現場の警察官は悔やんでいることでしょう。しかし、彼らの上司たる当直責任者 ~ この位の署では警部以上の階級で、課長や課長代理の立場の警察官が当たると思います ~ は果たして正しい指図をしたのでしょうか?

迷子や認知症老人と違って、こういうケースでの保護は本人が興奮してかなり大変だったと思いますし、制止したりなだめるのが精一杯だったと思います。そういう時に一歩離れて冷静に部下を指図するのが責任者だと思いますが、的確な指示をしたのかどうか、報道されていないので分かりません。もしも偉いさんが見ていながら、灯油まみれの服を着た男性の喫煙を許したり、いつまでも取調室でこう着状態であるのを改めさせなかったとしたら、亡くなった男性も気の毒ですが、部下の警察官も不幸です。

最近、凶悪事件で警察官が河川敷や山中を捜索する映像がよく報道されていますが、彼らが横一列になって徹底的に捜索する場面を見たことがありません。青い服を着た「捜査員」なる警察官が、棒で思い思いの場所を突いているだけにしか見えないのは、私だけでしょうか?警察は階級社会と言われていますが、一糸乱れぬ統制のもとに活躍しているようには見えません。熱田署の事故も、こういう上司の弱さが原因とは言えないでしょうか?

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私の読書感想文

「死ぬことと見つけたり」隆慶一郎作、新潮文庫上下巻

佐賀鍋島藩に伝わる武士道「葉隠」を独自の解釈で書いたこの物語を、私はもう何回も読んでいます。鍋島武士独特の心の鍛錬法である、毎朝様々な死に方を詳細に思念、つまりイメージトレーニングし、死の場面にうろたえない稽古を続ける鉄砲の達人杢之助、切腹を命ぜられるほど殿様から憎まれた家老を父に持ち、自分も家老に出世して殿様にモノを言おうと目指す求馬、江戸でけんか相手を斬り殺して浪人させられた萬右衛門、・・・この、平気で人を斬れる男たちが繰り広げる騒動を軽妙に表現した文章は、読む毎に人間社会の「生き方」を思わせられ、読後暫くするとまた読み始めてしまいます。

困窮すると平気で藩の年貢行列を襲撃する父を持つ杢之助は、萬右衛門、求馬と組むと大活躍です。老中松平伊豆守が鍋島藩取り潰しに動けば陰に陽に命を狙って老中を怯えさせ、遊郭吉原でけんかを売られれば相手の旗本奴を切り捨て、天領長崎の町年寄高木彦右衛門の「男の急所」を銃撃し、ついには高木屋敷を襲撃させる、嵐の海で破船寸前の殿の御座船を救ってみたりと、急展開する事態に思わず頁が進みます。それでいて物語は決して殺伐としておらず、杢之助の忍ぶ恋や、女郎屋の禿の涙に肩入れしたりと、温かみのあるところもあって、読む毎に彼らの心を新発見する感じがします。

勤め人はこの本を読むと勇気百倍と思います。杢之助たちは嵐の船で殿様を平気で欄干に縛りつけたり、気弱になった殿様に「当たり前です。殿は負ぶさるほうではなく、おぶう方です」とか「殿は老いぼられた」と言って憚らない。私は読後、「上司を補佐する、ということは決して耳快いことを言うことではない!」との思いを強くしました。

作者の隆さんが完成前に亡くなり、未完で終わったことが惜しまれます。傍若無人で心優しい杢之助たちの最期はどうなったのか読みたかったのに、残念です。

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