奥多摩有料道路の神社
今回は、青梅街道から奥多摩湖を回って檜原村へ回りました。湖水は豊富で、今年は水不足はなさそうです。湖が尽きるあたりで直進すると塩山、左へ回ると五日市に向かう奥多摩有料道路(今は無料)に向かう分岐があって、五日市方向に走りました。
横地社の石碑には「旧社に近い現在の場所へお祀りしたところ、有料道路での交通事故が減ったと云われています。」とあり、戦国末期の横地社の山上に現在の神社が建てられたことが分かります。
月夜見第一駐車場という高台から奥多摩湖を見るとなかなか見ごたえがあります。湖水の北にそびえる山々の峰がよく見えるし、湖水も青々として綺麗です。人工の湖とは思えません。景色を堪能してふと振り返ると道路の向かいに月夜見山への登山道があって、入口の石段20段位を登り切ると、小さいながらも良く手入れされた祠があります。ご祭神は、横地監物吉信という戦国時代の武士です。
横地監物吉信は清和源氏の子孫、遠州横地村(現在の静岡県菊川市)を本貫地とした横地氏の流れで、八王子城主北条氏照のもとで城代家老を勤めていた人物です。つまり、戦国末期の小田原北条氏に仕えていたのです。
豊臣秀吉の小田原攻めで、大河ドラマ「天地人」でもやっていたとおり、八王子城は前田利家と上杉景勝連合軍によって落城し、城代の横地吉信は檜原城を頼り、ここも落城すると小河内村に落ちのびて自刃した、とされています。
横地吉信は八王子城代として庶人の人望があったのでしょうね。その最期を見届けた地元の名主が村内の蛇澤という地に「横地社」を建立してその魂を祀り、その後昭和の世に小河内ダムによって当地が水没することとなり、八王子城址内を経て昭和56年に現在の奥多摩有料道路「月夜見第一駐車場」前の小高い丘に移された、との由来です。
帰って調べたら、この神社にいるのは「狛犬」ではなく「狛猿」だったんですね。全然気がつきませんでした。私が撮った写真にも確かに猿が写っていました(鳥居の左手前寄り)。この辺の由来は今のところわかりません。
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