読後感
「その日の吉良上野介」池宮彰一郎・角川文庫
私は短編集をあまり読まないのですが、赤穂浪士と吉良家の関係に的を絞ったこの作品集を書店で見た途端、思わず買ってしまいました。年末になると「大忠臣蔵」などと題するテレビ番組が流行していたのを子供のころから見てきた結果、赤穂浪士の討ち入りは「賄賂を貪る悪玉の吉良上野介に対し、切腹して果てた亡き殿の無念を晴らす義挙」との印象を持っていました。
この物語では、幕府の儀式典礼を司る吉良上野介は、幕府側として天皇の使者をもてなす勅使御馳走役の浅野内匠頭に手違いをさせないために奔走する場面が随所に現われています。18年前に同じ役目を果たした浅野は今回、接待場所である江戸城中の伝奏屋敷に「手配万端を整え」て吉良の確認を受けましたが、長い間のかなりの変更点、例えば勅使到着時の茶の接待と茶碗の贈呈という追加、その時の御馳走役の座る位置の変更、旗本古老の武辺噺の廃止などまで浅野は知りません。自身も将軍の使い「朝賀使」として京へ赴き、江戸へ戻ってから丁寧に浅野を指南するつもりであった吉良は食当たりという偶然から時間を空費し、勅使到着の直前になって浅野への指南を始めたことが不幸の始まりでした。
時間がない焦りから来る吉良の手厳しい指摘、これをイジメと感ずる浅野の狭量、そのイジメを何とかしてもらうため家宝の茶道具「交趾の大亀」を吉良に差し出す浅野、賄賂が欲しいのではない、勅使御馳走役に不行き届きがあれば幕府における地位を失うのだ、茶道者として「交趾の大亀」は垂涎の的であるがこれを受け取っては厳しい指南も賄賂のためと評されるので受け取らない吉良、その後も吉良を誤解し続け、面目を失った思いに陥り江戸城中で吉良を斬りつけた浅野、・・・「十八年の時の長さと、わずか四日しか余裕のなかった時の短さ」・・・分かる気がします。
この作品を読むと、浅野家の江戸家老は何をしていたのだろうか、と思います。殿の言葉から断片的にでも城中の空気を嗅ぎ取り、殿が窮すれば、前年に勅使御馳走役を勤めた大名家から指南を受けたり、吉良家の家老と連絡するとか、家臣としてすべきことは色々あったと思います。
短編集にはこの他、殿から禄を召し上げられたのに討ち入りに参加した千馬三郎兵衛を描いた「千里の馬」、仕官に苦労した堀部安兵衛の憤りを記した「剣士と槍仕」、大石内蔵助の心を映した「十三日の大石内蔵助」、吉良屋敷に中間として暮らしながら大石を慕う心と武士としての仕官の道に揺れる木幡信兵衛の心に迫る「下郎奔る」(何れも私の読み方です)が収録されています。
私の心に一番残るのはやはり、「その日の吉良上野介」、次に「下郎奔る」です。この2作品によって私は、多くの社員を持つ社長が、感情に走って会社を潰して良い訳がないこと、いつまでも自分だけの価値観に閉じこもってはならないこと、を学びました。作者は司馬作品との類似点を指摘されたそうですが、私は池宮さんの文章が好きです。
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