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2008年5月18日 (日)

読後感

「その日の吉良上野介」池宮彰一郎・角川文庫

私は短編集をあまり読まないのですが、赤穂浪士と吉良家の関係に的を絞ったこの作品集を書店で見た途端、思わず買ってしまいました。年末になると「大忠臣蔵」などと題するテレビ番組が流行していたのを子供のころから見てきた結果、赤穂浪士の討ち入りは「賄賂を貪る悪玉の吉良上野介に対し、切腹して果てた亡き殿の無念を晴らす義挙」との印象を持っていました。

この物語では、幕府の儀式典礼を司る吉良上野介は、幕府側として天皇の使者をもてなす勅使御馳走役の浅野内匠頭に手違いをさせないために奔走する場面が随所に現われています。18年前に同じ役目を果たした浅野は今回、接待場所である江戸城中の伝奏屋敷に「手配万端を整え」て吉良の確認を受けましたが、長い間のかなりの変更点、例えば勅使到着時の茶の接待と茶碗の贈呈という追加、その時の御馳走役の座る位置の変更、旗本古老の武辺噺の廃止などまで浅野は知りません。自身も将軍の使い「朝賀使」として京へ赴き、江戸へ戻ってから丁寧に浅野を指南するつもりであった吉良は食当たりという偶然から時間を空費し、勅使到着の直前になって浅野への指南を始めたことが不幸の始まりでした。

時間がない焦りから来る吉良の手厳しい指摘、これをイジメと感ずる浅野の狭量、そのイジメを何とかしてもらうため家宝の茶道具「交趾の大亀」を吉良に差し出す浅野、賄賂が欲しいのではない、勅使御馳走役に不行き届きがあれば幕府における地位を失うのだ、茶道者として「交趾の大亀」は垂涎の的であるがこれを受け取っては厳しい指南も賄賂のためと評されるので受け取らない吉良、その後も吉良を誤解し続け、面目を失った思いに陥り江戸城中で吉良を斬りつけた浅野、・・・「十八年の時の長さと、わずか四日しか余裕のなかった時の短さ」・・・分かる気がします。

この作品を読むと、浅野家の江戸家老は何をしていたのだろうか、と思います。殿の言葉から断片的にでも城中の空気を嗅ぎ取り、殿が窮すれば、前年に勅使御馳走役を勤めた大名家から指南を受けたり、吉良家の家老と連絡するとか、家臣としてすべきことは色々あったと思います。

短編集にはこの他、殿から禄を召し上げられたのに討ち入りに参加した千馬三郎兵衛を描いた「千里の馬」、仕官に苦労した堀部安兵衛の憤りを記した「剣士と槍仕」、大石内蔵助の心を映した「十三日の大石内蔵助」、吉良屋敷に中間として暮らしながら大石を慕う心と武士としての仕官の道に揺れる木幡信兵衛の心に迫る「下郎奔る」(何れも私の読み方です)が収録されています。

私の心に一番残るのはやはり、「その日の吉良上野介」、次に「下郎奔る」です。この2作品によって私は、多くの社員を持つ社長が、感情に走って会社を潰して良い訳がないこと、いつまでも自分だけの価値観に閉じこもってはならないこと、を学びました。作者は司馬作品との類似点を指摘されたそうですが、私は池宮さんの文章が好きです。

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2008年5月12日 (月)

私の読書感想文

「死ぬことと見つけたり」隆慶一郎作、新潮文庫上下巻

佐賀鍋島藩に伝わる武士道「葉隠」を独自の解釈で書いたこの物語を、私はもう何回も読んでいます。鍋島武士独特の心の鍛錬法である、毎朝様々な死に方を詳細に思念、つまりイメージトレーニングし、死の場面にうろたえない稽古を続ける鉄砲の達人杢之助、切腹を命ぜられるほど殿様から憎まれた家老を父に持ち、自分も家老に出世して殿様にモノを言おうと目指す求馬、江戸でけんか相手を斬り殺して浪人させられた萬右衛門、・・・この、平気で人を斬れる男たちが繰り広げる騒動を軽妙に表現した文章は、読む毎に人間社会の「生き方」を思わせられ、読後暫くするとまた読み始めてしまいます。

困窮すると平気で藩の年貢行列を襲撃する父を持つ杢之助は、萬右衛門、求馬と組むと大活躍です。老中松平伊豆守が鍋島藩取り潰しに動けば陰に陽に命を狙って老中を怯えさせ、遊郭吉原でけんかを売られれば相手の旗本奴を切り捨て、天領長崎の町年寄高木彦右衛門の「男の急所」を銃撃し、ついには高木屋敷を襲撃させる、嵐の海で破船寸前の殿の御座船を救ってみたりと、急展開する事態に思わず頁が進みます。それでいて物語は決して殺伐としておらず、杢之助の忍ぶ恋や、女郎屋の禿の涙に肩入れしたりと、温かみのあるところもあって、読む毎に彼らの心を新発見する感じがします。

勤め人はこの本を読むと勇気百倍と思います。杢之助たちは嵐の船で殿様を平気で欄干に縛りつけたり、気弱になった殿様に「当たり前です。殿は負ぶさるほうではなく、おぶう方です」とか「殿は老いぼられた」と言って憚らない。私は読後、「上司を補佐する、ということは決して耳快いことを言うことではない!」との思いを強くしました。

作者の隆さんが完成前に亡くなり、未完で終わったことが惜しまれます。傍若無人で心優しい杢之助たちの最期はどうなったのか読みたかったのに、残念です。

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